恋愛

2011/07/17

のの四十九日

のの、四十九日を迎えました。
家からはいなくなってしまったかなぁ。
最近、気配を感じなくなりました。とてもさびしす。

化けてでもいいから、起きたら鳴いてないかなーとか思います。
まだ帰ってきてほしいという思いは消えず。

夏の暑い日に、ながーく伸びていたことを思い出す。

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2011/06/28

どうしたらよいものか

どうしたらよいものか
2008年ののの。

まだまだ思い出にできるはずもなく、1ヶ月たつというのに。
時間が解決するはずなので、時間がどんどんたっていくのをひたすら待つ。
毎日毎日、恐ろしいくらいの幸せな日々を思い返したり、うるさかった姿を思い返したり、襲ってくるともうダメだ。
お花を買いに行っても、なぜ私はお花を買っているんだろう。
お花なんかののは食べない。欲しがらないよ?と自問自答して泣きながら帰ってきたり。
でもお花を飾ってみたり。
ののが食べたいのは、玉子焼きだしお魚だし。
月命日を前にしてもまだまだダメ。
何度思い返しても、まだ一緒に居たかったよ。
もっと迷惑かけて欲しかった。おしっこもらしてもいいから一緒に居たかった。
足や腕にあるののひっかき傷もどんどん薄くなっていくよ。
部屋ののの毛やのの爪もどんどん減ってきました。

居ないと自覚するとあまりに辛くて押しつぶされるので、洗濯物の下に居る。
窓辺に居る、足元で寝てると思い込むようにしてる。
だけど、いつもうるさかった夕方と朝方には、居ないことが実感されてどうしようもない思いに押しつぶされそうになります。
出かける前と帰宅したら、と毎回話しかけたり、居ない時も暑くないように少し窓を開けて行ったりと、習慣は継続しています。なんだか、頭がおかしくなったひとみたいかも。
といっても、冷静なんだけどさ。
それでも、おばけでもいいから帰って来ないかなーとか思ってるバカ頭。

10歳まで生きられたらもうけもんだな~この猫は~と常々思っていた私の予想は、やっぱり当たりだったんだ。
それとも、そう思ってたから生きられなかった?
もし、毎日、それ!15歳までは長生きするよ!と思ってたら、生きられた?
ののは幸せだった?娘はうるさかった?
もっとおいしいもの食べてみたかった?
お花はおいしくないから要らない?
うちの中は快適だった?寒くなかった?暑くなかった?
病院で亡くなって寂しかった?おうちに帰ってきたかった?
お骨になったら、どこに行きたい?ずっと私といっしょにいたい?
ジョンといっしょがいい?モモちゃんといっしょがいい?それともきんたといっしょがいい?
今日は何を食べたい?
いまなにしてる?いまは楽しいかい?苦しくないかい?
亡くなったことにはそろそろ気がついた?まだ寝てると思ってる?

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2011/06/14

少し整理したつもりだったけど

ひとつ前っていうか午前中に、後悔は減らしていこう。
と決意したばかりだけど。
やっぱり撤回。
無理。
どうしても、まだいっしょに居たかった、という気持ちが強くて強くて。
何度も話しかけて、でもやっぱりまだ一緒に寝たかった。膝に座って欲しかった。
助ける方法がなかったか、いっしょにもっと居られる方法があったのではないかと考えがめぐる。
決意とはうらはらに、どんどん湧き出してきてしまう。

午後になって、娘が昼寝して少し片付けると出てくるでてくる。思い出の品。
ののの気配。
たくさんの毛、ひげ、ののが爪で傷つけたあと。
家具のすきまとかにはまだまだ気配がたくさん。カーテンめくれば毛がいっぱい。
そのたびによみがえる、幸せな日々。
猫が居ただけであんなに幸せだったとは。
私の一部だったのかもしれない、と思うくらい。

気配がありすぎて、思い出にはできない。
せめて気配を消せたら。
気配を箱につめて、幸せBOXをつくることができれば、その箱をあけたときだけ気配を感じられるのに。
ソファーにすわると背もたれにムクムク毛の気配、の妄想。
足元にも気配。
ベッドに寝ると足元に気配。
枕元にも気配。
朝にはカーテンを舐めている?と想像する。
ごはんの催促にくるような気配。でも静かな朝。夕方も静か。
台所でグリルをあけると、魚!とふっとんでくる気配。
ごはんをつくっていると、ニャーと来る気配。

勝手だよね。
旅行にいって、シッターさんに預けてお留守番させることもたくさんあったのに。
旅行中もシッターさんからのメールを心待ちにしつつ、犬なら連れてこれるのになぁとか考えてたな。
でも勝手だ。

整理しても捨てられない物。
・ゲージ
・ホットカーペット
・のの首輪
・キャリー
・ファーミネーター

これから捨てると決意してるもの。
・キャットタワー
・トイレ
・ねころん鍋
・ごはん入れのプラケース

ざっと今思いつくだけで。
捨てられないものは、とっておこうかな。
そしていつかきっと数年後にでも、捨てられそうなかわいいあのコに出会ったら家に連れてきてもいいかなぁ。
グッツがののお下がりになっちゃうけど。

ののお骨置きにダンボールで簡易仏壇みたいなのつくってるんだけど、毎日ののに何を食べてもらおうか考えちゃいます。
亡くなってまで、毎日キャットフードもアレなので。
お肉をあげたり、魚をあげたり、パンをあげたり。
お花も絶やさないように。
これもいつまで設置しておけばいいのか。
四十九日が過ぎても、気持ちの問題でこのままでもいいかなぁ。
お骨も、四十九日を過ぎてもまだ手放せないと思うので、しばらく持って話しかけ続けます。

夢のなかにののが出てきません。
ってことは、やっぱりまだここに居るはず。
たぶん、いっしょにベッドで寝てるんだ。

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検査結果を気持ちとともに整理

検査結果を整理
朝によく居た位置ポジション。
キャットタワーで上がれるようにしてから、たまにここに上がって楽しんでた。
この棚の上は、まだのの毛がホワホワしてる(笑)

もう10日も前だけど、ののの胃壁細胞を検査した結果が出ました。
癌だったら、いっそのことあきらめがつく!と思っていたんだけど。

ガンではなかった。

●病理組織学的診断「慢性出血性胃潰瘍」
胃粘膜組織に、潰瘍を伴う慢性出血性の炎症性病変が認められました。
腫瘍性病変は見られず、悪性所見はありません。
胃壁は全体的に肥厚し、粘膜面の炎症性細胞湿潤が顕著で、繊維性細胞による肉芽組織も散見されることから、長期に渡る慢性胃炎を示唆します。また、部分的に潰瘍は漿膜面にまで達し、びまん性の出血を伴っていました。
構成する組織に異型性はみられず、胃癌を疑う所見はありませんでした。

診断書のまま転載しました。
簡単に言うと、いつからかは特定できないが慢性的に胃炎を繰り返しており、出血し潰瘍も繰り返していた。
獣医さん曰く・・・
原因は特定できるものでもない。
人間みたいにストレスがーとかで解決できるものでもない。
今回は風邪で熱だしたことが引き金になって、一気に潰瘍が悪化した可能性もある。
もしかしたら、1年前に毛玉とか血を吐いたあたりから慢性的にだったのかもしれないし、もっと最近かもっと前からかもしれない。
ののちゃんはがんばりやで我慢する良い子だったので、ギリギリまで表情や態度に出さなかったのかもしれない。
ただ、手術後に心臓の動きがダメそうになったときに戻ってきてくれたのは、私たちが来たから。
あのまま亡くなるコもけっこう居る。
あそこで一度戻ってきたのは、私たちにさよならとお礼を言いたかったからだと思う。

たしかに、1年前にのときも心配しまくったけど1泊入院して胃の治療したらケロっと帰ってきて、それからも去年はずっと元気だった。
ごはんを2回→4回に回数を増やしていた時期があったので、もしかしたらそれが良かったのだろうか。
1日トータルとしては同じ量だけど、回数だけ増やす。これが胃に優しかった?
今年になって、私がいずれ仕事に戻るしってことで、回数を元の2回に戻して間にキャットラックをあげて~というふうにしていた。
寒かったせいか、結膜炎っぽいのになったり風邪っぽいのひいたり、アゴにニキビできたり。と体調の変化がすごかったな。
そういうのから胃潰瘍が悪化していったのかな。
このときに胃潰瘍の治療ができていたら良かったのかもしれないけど、結局胃が悪いという予見を感じさせる要素がまったくもってなかった。ののががんばりやだったから?

今後悲しみが癒えて、もしまたワンコやニャンコと一緒に暮す機会があれば、胃潰瘍があることを頭に入れておこう。我慢しているコもいるってことを覚えておこう。
そして、違う医者だったら?という後悔を少しでも避けるために、できるだけセカンドオピニオンをさがして普段から検便だけ~とかだけでも通っておこう。

話は変わって。
うちの母親からきいた話。信じるかは別として。
でも、自分に都合が良いというかそう思っていたほうが私もののも浮かばれる気がするので信じようと思う。

うちの猫が亡くなったことを伝えたのだが、うちと親はなんか変な霊感じゃないけどよく生霊をみるらしい。
そのへんのからみで行きつけの鍼灸師さん(この鍼灸師さんも生霊も死んだひとの魂など、みたり聞こえたりとかするらしい)とよくそんな話をするんだそうな。
それで、「娘が飼っている猫がこんなふうに亡くなった。」という話を伝えたんだそう。
そうしたら、「この猫ちゃんは娘さんにありがとうと何度も何度も言っている。そして娘さんをずっと守っていくために身を引いたんだよ。」というお話をされていたそう。鍼灸師さん。
私にめぐりあって、家に連れて行かれて。
東京から飛行機にのって、函館にきて。そのあと札幌までいっしょにきました。
ずっと私にくっついて歩いてきたことにもずっと感謝してくれているそう。
ほんとにそう思ってくれているのか、のの。
感謝したいのは、こっちだ。私だ。ののがいなかったら乗り越えられなかったことがたくさんあるよ。
仕事がきつくてむかついたことあったときに、ビール飲んでののに不満きいてもらったり、寂しいときに一緒にいてもらったり、なによりツワリのときにののが居なかったら死にたいくらい具合悪かった。
食べ物いたずらして、よく鼻ピンしたりしたけど、でもでもどうしようもなく大事だった。
私たち、相思相愛だった?

都合のよいこの話を信じて、ののは永遠に私と一緒。私を守ってくれていると思って、後悔ばかりするのはもうやめようと思う。まぁ、まだたまーに思い起こして後悔しちゃうけど。
そして、ひとつひとつのの遺品も整理していこうと思う。
たくさんのののフードは、さえちゃんちのチャミがもらってくれました。ほんとに良かった。もらってくれるお友達がいて。
あとは、ののベッドとののタイマーごはんは捨てました。
使っていたののトイレ砂は捨てられなくて困っていましたが、昨日捨てました。捨てるときは、まだののおしっこの匂いがして何度も匂いを確認して泣いてしまったけど、捨てたよ。

いろいろ整理していると、ののが昔避妊手術したときの明細書や、キャットシッターさんがくれたたくさんの日記が出てきた。かわいくて愛しい気分がよみがえってきて触って抱っこしたくて泣いちゃうけど、けどけど、後悔だけはもう少しずつ減らしていこうと決意しました。

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2011/06/10

指定席が空いているよ

指定席が空いているよ
iいつもここから外をみていた、のの。
回転寿司が回っているのをいっしょに眺めたり。
でも今もきっと、眺めているのかな。

この窓辺はいっつも毛だらけで。
ののが居なくなって10日あまり、たった10日でこんなに毛が少なくなるなんて。
毎日掃除しても毛だらけで、すごかったのに。
それでも、片付けをしているとふいに毛やひげがたくさんでてきます。

写真を見返すと、まだ亡くなったことが受け止められない。
ついこの間まで元気で遊んでたし、定期的に病院へも行っていたし。
最近は窓辺で静かに寝てばかりだったので、まだどこかに居るよう。
もうしばらくは居る、と思うことにしようか。
今は窓辺で寝てる。
ごはん中はゲージの中で待機してくれている。

毎日毎日、胃腸が悪いということに気がつく方法がなかったのか考えている。
また、もし他の医者にみせていたら?
もしかしたら胃腸が悪いかもしれないってことに気がつけていなかったか。
そしたら麻酔をかける必要がなく、回復へ向かうことはできなかったか。
そうしたら、もう少しだけ長く生きられなかったか。一緒に居られなかったか。
仮定の話ばかりで、どれも時間を戻さない限りは叶わない。
誤飲させた過去が、胃潰瘍の発見を送らせた?
ののの一生を短くさせちゃった?

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2011/06/07

猫がいない

猫がいない

ののがいない家はおかしい。
だけど気配がする。
ひなたぼっこしてそうだし、たくさん爪がおちている。
毛も服にたくさんついている。
いつも居た下駄箱からも音がする。
このあいだはのの鈴が鳴っていた。
まだ家の中にいる?
痛み止めで眠ったまま亡くなったので、死んでしまったことに自分で気がついていない?
疲れたからうっかり眠っちゃったら、死んじゃったのかな。とか頭のなかぐるぐる。

写真は去年の今頃ののの。
6月の末に胃腸炎で入院したので、このころはもう胃潰瘍ができたりを繰り返していたのか。
それに気がつく手段はなにかなかったのか。
胃が弱いコだって気がつけてさえいれば。
抱っこしたい。

6月6日は、少し家に居られる時間が長くなった。
一歩進めたのか。でもまだどこかで何かでない答えを探してる。

のの、今は楽しい?おいしいごはん食べられてる?
かつおおいしい?
パンもおいしい?

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2011/06/02

お別れの日を思い返す

お別れの日
写真は、5月27日の写真。
私が撮ったのは最後のののです。
このときは吐いて元気なくて、病院で打った吐き気止めが効いていた頃。
ソファーのこの位置が好きだったので、今もできるだけ空けておいてます。

30日の夜はののをお布団に入れてあげたかったけど、お水が体から出てくるので(点滴をしてたから)そんなわけにもいかず、旦那がののと並んで寝ました。
私は娘が居るので、そうもいかず。
私のベッドからはお星様になったののがちょうどみえるポジションで、なんでそこにいるのか変で。
夜は自分のゲージの中かお布団にくるコだったので、なんだか変。
起き上がりそうで、なんども夜中に確認したけどやっぱり死んじゃったのは現実でした。

31日の午前中は旦那が会社だったので、娘とののと3人で過ごしました。
辛かったけど、たくさん会話しました。
一緒に引越しを3回したこと、一緒に飛行機に乗ったこと、一緒にJRに乗ったこと。
私の連れ子として嫁にきたこと。
連れ子だったけどみんなにかわいがってもらえたこと。
いつも留守番してて、おなかいっぱいになれば留守番だろうが機嫌が良かったこと。
うるさーーいと、私によく枕を投げられていたこと。
最後の日だったから名残り惜しかったけど、向かい合うと涙ばかり。
後悔の念も次から次へと押し寄せてきて、開腹したことを繰り返し繰り返し謝罪した。
最後のひとおしでののの寿命を本来のものより少し前倒ししたのが、開腹手術と麻酔だっただろうと予測されて後悔がたくさん押し寄せた。
でも何もののは言ってくれなくて、ただ眠ったまま。
眠ったまま亡くなってるのでほんとにおだやかで寝てるだけにしかみえなくて。
体をふいても、黙って体をふかせてくれることなんてなかったのになぁと思い。
ファーミネーターで毛をキレイにしても、やはり黙ってさせてくれなかったのに。
しかも、5月10日頃にはののの猫砂とごはんをまとめ買いしたばっかりで、封をあけていないごはんがたくさんあることがさらに悲しくて。

旦那が帰宅してからは、最後にいつもの窓辺でひなたぼっこをさせてあげて、いっしょに寝てたベッドにも寝せてあげて、それで抱っこして車で霊園へ向かいました。
お経を読んでもらうと、本当に死んだんだなっていう実感が押し寄せてきた。
火葬場についてからは、お別れができなくなりそうなくらい頭真っ白になりました。
でも、また絶対に会える、と根拠も何もない思いから「またね!」と言っておわかれしました。
(お骨には、バリウムっぽいウンチの塊みたいのがありました。焼けずに残るものなのね・・・)

お骨と一緒に帰宅したら、現実だったんだなーっていう思いが強くなり、少しあきらめがつくというか、一段階気持ちの整理ができたきがします。
あとは胃内組織の検査結果待ち。

整理できたといっても、やはり日にちが経つとまた違う思いが蘇る。
ペットロスっていう言葉、頭に浮かんだ。
キーボードでうつとあっさりとした言葉だけど、もっと重いものだと思った。
日々の子育てでふさぎこんでるヒマがないのが、せめてもの救い。
どうせ夜泣き対応で眠れないしね。

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2011/05/30

のの記録4

■5月30日
・病院から電話がきたら嫌だなと思いながら、ののは寝てるかな~とか思って自分は眠れず。
・状態から、もう長くはないだろうな・・・と覚悟はしないといけないと堂々巡りの考え。
・娘が6時半くらいにムクっと起きて完全起床。

やはり箇条書きは無理。

電話がなかったので、なんとか持ちこたえたのかな~と思って、9時になったら病院へいこう!とさっそうと準備してました。

7:38、電話が鳴りました。

今鳴るってことは、確実に良くない知らせ。
良くて危篤、悪くて死。
頭真っ白になりそうな状態で、電話をとりました。
結果は悪い方でした。

朝御飯の準備してたところで、また娘は離乳食をあげるところでしたがまたもや中断で抱っこ紐にいれて病院へ。

ののはお星様になっていました。
動かない。信じられない。嘘みたい。でも昨日の朝の具合悪さをみてるので、現実なのは確か。

以下は先生の話。
夜中に(何時か忘れた)少しニィ~~と鳴いていたので、おなかが痛んでいた可能性が高いため痛み止めを注射。すると楽になったのかしばらくして眠りについた模様だった。
3時ころにみたときも、そのときと同じ格好で寝ていた。
次に7時半に診に来たら、同じ格好だったので寝ていると思ったら呼吸をしていなかった。
同じ格好で目を閉じて静かに寝たまま亡くなった模様。
原因がなんだったのかは、はっきりとはわからない。
風邪の症状が1週間前だったので、風邪が原因で胃潰瘍になったのか、もともと弱っていたところに風邪ひいて衰弱していったのか。
既往歴から、誤飲があったので誤飲とにらんで治療したが結果的にそうではなかった。
3年前に、突然発作で倒れた過去もありその原因も大学病院で調べるも分からなかった経緯もあるため、もしかしたら何か病気などを持っていたのか、わからない。
希望であれば解剖して調べる、ということも可能。

ここからは私の考え。
一瞬、開腹したことを激しく後悔しました。
他の医者に連れていったら、すぐに胃潰瘍と判断がついて最新の設備があり開腹せずに済んだら投薬治療でもう少し生きられたのではないか、開腹する辛さはまぬがれたのではないか。
ただ、アプローチの仕方は違ったかもしれないがゴールは同じなわけで。
ここで私が思うゴールというのは・・・ののの死。

条件としては
・ここ数年風邪をひくことが多かった
・原因不明の発作を起こした過去があった
・誤飲で開腹した過去があった
・最近目やにを出すことも多かった
・今回熱が出て喉が腫れて風邪の症状だった

この条件下で他の医者に連れていったとしても、胃潰瘍は内視鏡か開腹するくらいしかはっきりとした判断はつかないし、どちらにせよ全身麻酔は必須。
つまり、今回のような麻酔から覚める際の危篤状態に陥った可能性は高い。
ってことは、どうアプローチしても、今日ではなくて1週間後か1ヶ月だったかもしれないけど、ののは生きられない運命だったのだろう。
自分を納得させるためだけの、ただの屁理屈かもしれないけど。
6年前にののを助けてくれた先生なので、ちょっと信用しきってます。

1歳で避妊手術
3歳で誤飲で開腹
7歳で発作を起こし脳腫瘍を疑われ大学病院でMRI
9歳で開腹

と4回も麻酔をかけたり開腹したりしてるので、免疫力も低下してたのかなぁとも思った。

ひとまず、忘れないように記録として残しておきます。
気持ちの整理して、また記録したいと思います。
ののは今朝自宅に連れてかえってきたので、今はいっしょに居ます。
解剖はやめて、摘出した細胞診だけお願いしました。
今晩いっしょに過ごして、明日荼毘に付します。
あきらめつかないけど悲しいけど、自分が納得いくように今晩を過ごしたいと思います。

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のの記録3

■5月28日

・夜中1時、朝7時に胃液を大量に吐く
・9時に病院へ電話し、すぐに受診。
・既往歴から、レントゲンにうつらない布やビニルなどの類のものを誤飲している可能性もあり、バリウムを飲むことを考慮→実施するため入院。飼い主は帰宅、夕方に電話して再度病院へ。
・時間を経過しても胃内にバリウムが紐状か大きめの形で残っており、やはり胃内になりかある可能性が高い。
・ウンチで排出するために、オリーブオイルのようなものを飲ませて一晩だけ様子見。それでも改善なければ開腹も考慮。入院継続。(家に連れて帰るか選択できましたが、様子があまりに弱々しかったため動かすをやめて入院継続しました。)

■5月29日
・朝10時に病院へ。
・オリーブオイル効果は出ず。
・さらに衰弱した様子。顔を落としたままうずくまっている。
・既往歴と衰弱状況からも早くに開腹することに。
・年齢からギリギリ、麻酔に耐えられるかなというところだが麻酔には危険もあり。
・ただしこのまま胃内に異物がとどまったままだと命に危険。
・お昼の12時ころに手術開始予定。
・飼い主は自宅待機し、16時か17時ころに病院よりお電話いただけることに。

自宅でだまって待ってるのが辛かったので、娘連れてベビーカーに乗せて散歩へ。
親子3人でひたすら散歩しました。
途中スーパーでお買い物して帰宅。

ここからは箇条書きできないので、思いつくまま記録。
帰宅後13:55、病院から電話。時間が早かったので、嫌な予感。
麻酔の覚めが悪く、心臓の動きが異常なためすぐに来院するようとの先生からの電話でした。
娘に離乳食をあげつつ、お昼ごはん中でしたがすべてそのままで娘を抱っこひもに入れて走りました。
ちなみに病院は、徒歩1~2分です。

手術台のののは、酸素マスクつけて苦しそう。
心電図の波形も乱れており、安定せずお薬で調整している途中でした。
鳴き声も弱々しく。まだ朦朧としているので名前は呼ばないほうが良いとのことで、ひたすら祈るのみ。
娘がちょっとグズって大変でしたが、あやしつつ。
祈りながら、ののをなでていたところ心臓の動きは回復!
三途の川を渡らずに戻ってきてくれました、ひとまずよかった。
とこのときは少しほっとしました。
このあとにもっと悲しい別れがくるけど、きっと最後にどうしても私たちにサヨナラ言いたかったんだね。のの。

そして、胃内ですが異物はありませんでした。
代わりに、先生曰くみたことがないくらいのひどい胃潰瘍があったそうです。
組織片をとって細胞診へ。
胃潰瘍は胃壁を破るくらいだと切除することもあるそうですが、そこまで深くはなかったので内服薬で治療したほうベストを判断し閉腹したそうです。

胃潰瘍なんて、ストレスかな娘がストレスかけたかな環境変わったからかな、こないだアゴに血が出るほどのニキビできてたのも予兆だったのかなとか、頭ぐるぐる。

戻ってきたけどこの胃潰瘍を治療するには体力が必要。
今朝方までのののの様子をみると体力は残ってないんじゃないかな・・・と最悪のことをこのとき考えてました。
ひとやまは越えたけど、次の山はさらに高い。
入院は継続で、絶食で投薬栄養剤治療を継続することにしました。

ののには、もう少しだけがんばって帰ってきてね、迎えにくるからね!
またあしたね!と言って。
大丈夫とは言い切れないけど、ひとまずは安定したので明日の朝の9時にまた面会にきてねと先生にも説明されて、後ろ髪をひかれつつ帰宅しました。
夜も病院から電話きたら怖いなーと思ってお風呂も入れずに就寝しました。

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2011/05/27

のの記録2

■5月26日
・夜中に水を吐く、胃液含む。
・その前に水をバシャバシャしながら飲んでいた(多飲?)

■5月27日
・朝御飯要求なし。
・甘塩の鮭の塩をお湯で抜いて、あげると少し食べた→すぐに水とともに吐く
・体重そうでダルそう。
・病院へ
 脱水解消のため皮下輸液と吐き気止め注射。
 レントゲンとるも目立った毛玉や異物なし。


お水を一気飲みさせちゃダメってことで、少しずつの量を与えるようにと注意が。
あとキャトラックをあげて毛玉を排出も促して。 

・キャトラック食べず。
・ずっとグッタリが継続、窓際キャットタワーキッチン前を移動して寝てる。

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